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http://ashlla.blogspot.com/
引っ越した
この続きを見たい方はどうぞ

see-ya!

 


自の殺



 あー、面倒くさい、面倒くさい、自殺の準備さえ面倒くさい

 


食の糧


先日、新型カムリ試乗でスッキリしない事が頭を過り続けている、それを書こうと思う

私は何度も直線でアクセルを開けてみた、信号待からの発進加速と40キロ〜60キロで走行中の加速の両方を繰り返し試みた、するとある回転数からは、
それはまるでジェット機のエンジンが目の前にあるかのような悲鳴に似た騒音が、ボンネット・フードの下から吹き出して来るのがわかった
急激な速度上昇は弧を描くように一気に増すのだが、その加速が高まっている間、それはまるで防音壁が突如崩れ落ち、丸裸にされたような驚怖感が車内を襲う
トヨタは考えたのだ、そのようなスピードの上げ方はよくない、いやむしろ恥ずかしい、もしそのようなスピードの上げ方をしたのならば、
直ちに耳をつんざくジェット機を目の前に置く事を想定しますよと

それから足回りだ、今回改めてそれを考えさせられた

私がこれが普通の足回りだと常々思っていたものは、実はそれはかなり煮詰められ、熟考され、何度もテストされ、そして市場に出回る頃には、
乗員にはその存在せえ気づかせないレベルまで達しているモノだったと
足回りはそれの専門家がやるものだとばかり思っていたのだが、新型カムリの足の印象は少し違った
それは教科書に書いてあった事を今回初めて試す為に、ペンチとスパナを持って金属に触れる事をし「ハイ、書いてある通りにやりましたよ、何か文句は? 」
とでも言いたげな自称開発陣を思い浮かべる、いや、開発陣ではなく制作陣とでもいうのか
ギタリストがギターを弾いたのではなく、ギターを教えてもらっていた人たちが見よう見まねでやってみた
そして彼らがそれを完成品と言った

ブレーキはペダル踏めば効くと、百年前車が作られたときの思想をそのままにしている感じ

当時は制動が第一条件だった筈、そして今度のカムリも制動することだけは第一に掲げているようだ、しかし私は以前
能動的にブレーキを踏みたくなるブレーキを持つ車があると何かで読んでから、そしてそれを一度体感した事もあることから
つまりペダルを踏む事を積極的にさせる何か、麻薬的なモノをそこへ潜ませる事に成功しつつあると感じた最近の国産車にも関心があったが、
この試乗車にはその麻薬が1グラムも含まれていないことがわかった、ドーピング検査ではまったく無垢で潔癖なブレーキだ

私は薬局で薬剤師に薬の飲み方の説明を請うた、食前ではなく食後に飲む理由を尋ねるとその薬剤師は、
食後であればその後時間があるので飲む機会がいくらでもあるが、食前だと食べてしまったらもう遅い、とあまりよくわからないことを言っていたが、
何かに書いてあった文章をそのまま読んだような、無機質でやる気のない枯葉のようなエネルギーを感じるとそれに戸惑う自分がいた
薬剤師は薬を調合する以前にその薬の開発から関わり、その薬に至った経緯を全て経験し把握したところから患者に説明出来るのであって、
書いてあるのを言うなら俺でも出来る

車の足は生き物の足に一致するという観点で開発がされていると思う、しかしその観点を持たない足というのは、まるで
何も知らない学生が教科書だけ持って教師の説明を聞いてその通りやったら出来た、というようなもので、しかし問題は
彼らがそれをスタンダードだと思い込んでしまった、市場に出回ってもいるしこれが間違いなく正しいと思い込んでしまった、という乖離だと思う
薬を飲んだ事のない人間が薬の飲み方の説明をし、車はタイヤに載せられて走っていると思い込んでいた人間がサスペンションを作り、
しかし世の中どうなっているのだろう

大学を卒業したらここに配属になったというのか? 薬を飲んだ事もないし、車の足について死ぬほど試行錯誤を繰り返したわけでもない
そんな人間が大学を卒業したらここにいて、給料貰って生活している
「こっちだって食って行かなくちゃならない、家族がいるんだ」というのであれば
アンタは何の為に生まれたの、と訊きたい

 


終の念

 

 お袋と親爺がセックスしなけりゃこんな事になってなかったんだけどな
 残念だ

 

 


盤の色


クルマのナンバーを好きな番号に出来るというのがあるが、そんなくだらない事を喜ぶんじゃなくて
色と形をなんとかすべきだ
クルマのデザイナーはプレートの大きさを考慮してデザインしているそう
ヨーロッパの横長の物と日本向けの物とでは大きく違うからデザインに影響するそうだ
厳密には北米用も韓国も日本もサイズが違うし、だから世界統一することがまず先決だ
それから、何よりもだ、あの白地に緑文字のパターンはヤメて車体色とコントラストを持たせる為に、
下地と数字のすでにいくつか配色されたパターンを選択出来るとか、若しくは自分で独自の色を作れるとか、
いっそ128色から選べるようにしたらいい、
例えば、薄いグリーン下地に濃いグリーン文字とか、濃紺下地に赤文字とか、考えただけでもワクワクするぞ
目に滲みいるほど美しい筈のボディのペイントが、あの下劣なナンバー・プレートで台無しなのは、誰もが気づいている事実
埃まみれのダンプ・トラックだって同じなんだから
あと、日本語だな、アレは外人が読めないんだからすべてローマ字にする
何かあったら大変だろ?
ワタシ、ニホンゴヨメマセーン、なんて
だから「品川」なんてヤメて「SHINAGAWA」にすりゃいいし、端っこの「す」なんてヤメて「SU」にすりゃいい
明日にでも出来る簡単な仕事だ

 

 


入の時


クルマの運転をしている最中、本線合流時に長い助走路があるのにも関わらず、グって入ってしまうヤツがいるな
例えば高速道路で本線が渋滞中、PAから出てきたクルマがその先ずっと、数百メートルを残したまま、その
かなり手前で入ってしまうという、何を思うのか、それが後を走るクルマもそれに続いてしまったりして
続々とそれに続いたりして、もう助走路の意味がない
でも、アノ時、入れてもらったら挨拶をした方が良いのか、それとも何もしないでよいのか迷うのだな
挨拶といっても、やー、ドウモ、ドウモ、なんていうヤツじゃなくてお礼
ハザードを点ける人が多いが、手を挙げる場合もあるな
しかしよく考えてみれば、礼など伝える必要はない筈なのだが

 


良の車


新型カムリに試乗してしまった
ネッツ・トヨタの帰り道、オレンジの看板の前トヨタ・カローラ店、そこに見ればウットリするほどの
黒く塗られた真新しいクルマ、トヨタ・サイが置かれていた
え?トヨタ・サイだって?そう、先ほどのネッツ・トヨタでカタログで紹介されたクルマだった
いいですよー、これはコンポーネントをレクサスのHS250と共有していまして、ま、ご検討ください
それが帰り道、通りがかりの別のトヨタの店に置いてあるではないか、なんだ、こんなところにさっきのアレが
気になってUターン、早速、試乗を申し込んだ
ところが出てきた営業マン、第一声、カムリの御試乗希望ですね
へ?よく見ればトランクに「CAMRY」と書いてある、マイッタな、間違えちゃった、これサイじゃないのね
しかしそれを言い出せず、へー、なかなかいいんじゃん、だって、思った事と違う事を言っている私
ハイ、さー、ドーゾ、ドーゾ、と促され、運転席へ身体を滑り込ませる
アー、マイッタな、面倒だ、興味ないもんなカムリなんて、でもま、いいか
シート・ベルト締め、ブレーキを踏みながらエンジンスタート・ボタンを押す
シュルシュルルン・・・、なーんか軽快ねー、と思いながら、実は、なんか安っぽいねーと思っている私
ダッシュボードは黒で質感はいいし、ステッチが見えているし、そこは相変わらずのトヨタの高級質感、素晴らしい
ステアリングはスポーツ・カーのように太くてグリップ感のあるタイプ


DSCN26421.jpg



早速、走り出して感じるのは、クラウンか?
とにかく、デカイ
助手席で試乗に付きあう営業マン
今度新しいカムリ出たんですよー、試乗車用意してますからー、とお誘いの電話しても皆さん、えー、カムリー?
と車格の低さを揚げつらって出て来ないんだって、反応が今イチだって
震災の事もあってCMも自粛しているそう、そういえば観たことないもんねカムリのCM
私はこれがサイというクルマかと思ったくらいで、実際は今までのカムリとは完全に違って見える
サイズも大きくなって、車内も拡大されて、やっぱりクラウンみたい、後部座席を見渡してもそう感じる
クルマに詳しくない女性が見れば、必ずこれはどこの高級車?と思うだろう
それくらい大きくて立派になった

走りはどうかといえば、加速はひと昔前の3リットル・ターボと同じくらい
燃費はメーター内に表示されるのだけど、あ、書き忘れたがこれハイブリット、で、20キロと表示されていた
凄い、リッター20キロだよ
走行中はV型6気筒が載っているのかと思ったくらい静かなエンジン、雑音はほとんど聞こえない
営業マン曰く直4だって、
言われてみればエンジンをスタートさせて、回り始めた瞬間感じたその安っぽさが、それだったのかも知れない
ワクワクというのはマツダの車か日産の車にありそう、しかしこのカムリが持つワクワク感は
これまでのトヨタの安心感を一つステップ・アップさせて、これ以上何を望むの?的がワクワク感だろう
つまり探険して新しい感動を探すわけではないが、高い質感と走りを一段高見に到達させたポイントは
刺激に関心を寄せないユーザーには好まれるだろう
ただ走り出し直後に感じたブレーキ音には疑問が残った
減速時にペダルを踏むと、そこからジェット機の離陸音のようなモノが聞こえて来る
ウイーンと鳴り響くそれは、最初故障かと思ったほど、営業マン曰く、これはこうなんですよね・・・
五分も走れば慣れて耳障りではなくなったが、ペダルの踏み込み加減にも最初は違和感を覚えるだろう
ただ、これも最初の数回の減速時で慣れてしまう
しかし、それにしても、このクルマは正にあのトヨタの真骨頂だ、走り出しても全く問題が見当たらない

工業製品としての機能を第一に考え、それが完璧に働く事を望む人にとっては最良の車ではないだろうか

 


死の歌


怒ったり泣いたり笑ったり、人を殴ったりセックスしたりと同様、自殺も人にプログラムされている重要な回路
怒ってはいけません泣いたりしてはいけません、セックスしてはいけません、自殺してはいけませんと言われても
少し無理がある

この原曲は、オジー・オズボーンとリタ・フォードのデュエットだ
詩(死)も味わってくれ

 



赤の色

  


気難しいほど鮮やかな赤と青
英国人のいうところの「RED」と日本人がいうところの「赤」は違う気がする
そして米国人がいう「RED」も違う気がする

クルマには赤とか青とかの単純な言い方がない、もちろんそれだけでは足りないからではあるが
ヴィクトリー・レッドとかルマン・ブルーとか、妄想をかき立てる色名はオーナーの心をくすぐる
同色でも一つ一つ個性を持たせての意味だから、中古車の宣伝広告にも気を使って欲しい
「赤」と書かれてあるのと「ヴィクトリー・レッド」と書かれてあるのとでは
そのクルマに対する思い入れが違うように感じる


しかし日本人の『赤』はどの国よりも薄い気がするのは、気のせいだろうか?

 


性の器


入浴し身体に石けんを塗った作業を終えた後の拭き取り
男には人に見られたくない恰好がある
性器の手入れだ
濡れた性器を拭かなくてはいけない
窮屈な前傾姿勢

竿は左手で持ち上げ、もう一方の手で持ったタオルでしっかり巻き付けよう
二度三度優しくゆっくり握ってみる

皮を剥いてみる
そこへバス・タオルをそっと当てがおう
決して擦ったりしないように
そしてぶら下がっている物の一つ一つをかき分け
太ももとの間の湿り気を取るのだ
人に見られるわけにはいかない
こんなところ見られたらどうする
それは風呂上がりこっそり一人でする、手の抜けない行為

 


嗅の臭


ウンコは毎日する必要はないのだ、たまにはしないでもいいというのが私の考えだ

私はウンコをした瞬間の、あの激烈なニオイが便所内に漂うアノ瞬間が、信じられない
それは目の前に起きていることの全てが音を立てて崩れて行くように、日常が信じられなくなる
これはこうだと思っていた事が信じられなくなる
何故なら人類の全てがアレをし、人類の全てがアレを嗅ぎ、
人類の全てがアレを体内から出しているという事実があるからだ
いや、知人の一人は腸は体外だと言ってたが、口も食道も体外だと言っていたがまあ、それはいいとして

アノ臭いのするモノを体内に抱え込み、否が応でもその瞬間嗅ぐ事になる
板野友美も、韓流スターも、地上の人全てがアノ臭いを発するモノを身体から出しているのだ
人類は何故アノ臭いに一致団結しないのだろう、何故アノ臭いの元、意識を共有出来ないのだろう
アノ臭いは神が与えた、我々にとって最後の共通事項ではないのか

皆アノ臭いを出しているのだ、アノ臭いに国籍も人種もないのだ
しかし私は思う、便座に座りウンコが出て
アノ匂いが鼻に届いた瞬間、この世の終わりではないかと

 


偽の真


江原啓之が書いた本の内容は既に過去の書物の、他の誰かが書いた本に書かれている
江原啓之はオペラを歌って客を呼ぶらしい
先日ラジオでオーストラリアのバンドAIRBOURNEを聞いた
実にAC/DCソックリだった

江原啓之が書いた本を読むのであれば、シルバー・バーチが書いた本やエジプト死者の書を読めばいい
江原啓之が歌うオペラを聞くのであれば、本物のオペラ歌手が歌うオペラを聴きに行けばいい
AIRBOURNEを聞くのであれば、AC/DCを聴けばいい

真と偽

まがい物が真実のフリをする

しかし、ダマされる方も悪い

 


視の笑


カラー・ボールがあるだろ、逃げる犯人に投げつけて破裂させて塗料を付けるのが
テレビCMはあれと同じだな
次々と色の違うカラー・ボールを投げ付ける
見ている側に、15秒おきとか30秒おきとかに
私は二つまでのCMなら我慢出来る、しかし三つ目に入るともうダメだ
もう顔から身体からベトベトに塗料の液体が付いてしまう感じがする
ただあれをジッと見るヤツもいるんだな
テレビを見るとはまさにそのことだ
テレビの枠でも見ているのかな
私は番組を見たいのだ
ちなみに一番酷いのがビールのCMだな
強力だ
ビールとかバーベキューとか砂浜とかビーチ・サンダルとか日差しとか日焼けとか太陽とか
バカが大好きな物が連想されるというのも、何か繋がりがあるのだろうか、滑稽だ

 


記の事


それにしても面白そうだなと思って読んでみたものの
実につまらないブログ記事だった時ほど落胆する事もないな
今のワン・クリック返せ

 


赤の面


アレは中学の頃だったかな、いや高校の頃だったかな、いや20代に入ってからだったかな。
夜オナニーをして、そのあとティッシュはチンポに包んだまま寝てしまった。
で、翌朝
寝ぼけ眼で台所に立ったら、昨夜のティッシュがパジャマのズボンの内側から
ひらりひらりと伝わって、裾からフワッと床の上に落ちた。
「げ」
それを目撃されてしまった。

目の前にいたのは
当時彼女だったかな、それともカーチャンだったかな。
凍てついた瞬間とはアノことだったな。

 


離の間




人間と神との差は、
人間がカブトムシを見ている時と同じくらい離れていると思う、と
今日、カブトムシを眺めていてフッとそう感じた。

 

 


型の疑

 

10152020_200810.jpgimages-1Ⅰ.jpg

 

字のへたくそなヤツは似せ方がヘタなのか、それとも美しいという感覚を持ち合わせてないのか。

上手いヤツと下手なヤツというのは存在するのだが、数字もそうだし、アルファベットも然りだが、綺麗に書く
ヤツは書体のポイントの美しさのツボを得ているというか、どう書いてもそれでもまあ、上手くは見える。
美的なポイントを身体の何処かで知っているというか。

このクルマの後ろを見て欲しい、いや、正面でいい、ルーフ部分で二枚目のドア後部が上部で交差するところ。
そこはフロントから流れてきたアーチ・ラインが終わりかけているのに、再び盛り返して後半に続こうと
意気込んでいるように見える。そのため真横から見ると、その落ち込んで来ているラインが、いつの間にか
ルーフの鉄板が内側に、下側に巻き込むようになって後半部分を繋ぐ為にここだけ別の溶接をしたようにに見える。
この得も言われぬ暑苦しさは、何を狙ったのだろう。

後ろを見るとテール・ランプの位置が若干低い。このために、ケツ下がりの何とも言えない不気味な、ちょうど
おデブちゃんが段ボールを両手で抱えて、ヨッコイショと、たまたまそれを後ろから見てしまった。ずり下がった
スカートと、ずり上がったシャツの間から、白く弛んだ肉が腰骨の辺りでブヨブヨ揺れているような、そんな錯覚
に捕われる。まさに目のやり場に困ったリア・ヴューである。制作者の意図は何だったのか。

不細工という言葉の意味の理解がないというのは、美しさの種がその人の心に植わっていないという事だ。

ミス・ユニバースが美しいと思えないのは、このシュークリームが美味しいと思えないと同じ事なのか、感覚なのか
感性なのか、この飲み物が美味しいというのは何処から来るのか、この絵画が素晴らしいとは何処から来るのか、
そんな人の行為が美しいとは何処から来るのか。本来、美的とは人類が持つ不変の共通意識ではなかったのか。
ボン・ジョヴィが売れるのは何故か、このロックはいいと感じるのか、それとも感じないのか。バロックの心地良い
旋律とは何か、いや、いいも悪いも、そもそも我々は、その感性というモノについて疑いを持っていなかったのかも
知れない。

これはいいよね、これは悪いよね。それは本人が持つ独特の思い方であって、あくまでも内的な心の理解なのだ。
実はそれを他人に強要していたということについては、今さらながら反省の余地もない。

造形物とは単に粘土を積み上げただけの物なのか。センスは、人がこの世に誕生したときから具有している独自の
権利だ。それを時間と共にカタチにしていく行程の中で、知識と経験と知恵と感性がひとつになって創造物に投射
されるべきなのだ。紆余曲折を繰り返し地獄と天国の行き来をし、ようやく美的中心を抉る自作品の誕生が日の目
を見ることになる。カタチとはそういうモノだ。

子供が粘土を積み上げて出来たよー、おとーチャンでは困るのだ。

しかし我々は猛省すべきである。その内的理解の回路を持たない人間が大腕を振って活躍し、何を悪びれるわけでも
なく、制作者として金銭を授受しているのを黙認せざるを得ない社会なのだから。
誰かが勇気を持って言わなくてはいけない。
「お前は裸の王様だ」と。

 


煌の跡


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時折、ハッとする顔のクルマに出会う、私はその時を大切にしたい

このクルマは、なぜ、
どのような教育を受けさえすれば、これほどバカで間の抜けた顔のイメージの想像を可能にするのだろう
自分は美術が好きだと勘違いした大学生が、スケッチをそのままトヨタのデザイナーは採用してしまったのか
いや、トヨタのデザイナーは
大学を勘違いで卒業し、ラフ案を真剣にか真面目にか冗談でか、ついうっかりかわからないが、描いたものを
何かの手違いで印刷所に回してしまい、電話を入れたが凸印刷の部長が、機械に入れてしまったのでもう手遅れだ
と言われ、これでは世界一のトヨタの名が廃る、これしきの事で泣き言など言えないと
わけのわからない理由で、そのまま完成させてしまったに違いない
このクルマのデザインは、夢物語かそれとも夢精状態か、鉛筆の跡が見える幼児の下書きのようだ

CMも凄い

男と息子と父と?
よくわからないが、頭の悪そうな俳優と小僧のアップがクルマの顔と一致するのも一興だ
それがこのクルマのすべてをよく表現している
名は体を表すと言うが
クルマの顔はCMの内容も表している

 

 


不の正

 

 

歯医者に予約の電話を入れる
「デイヴ・マーレイと申します。メタル・バンドでギターやっています」
歯科医と歯科衛生士と受付の女はこう思うだろう
「エエッ! ヘヴィ・メタルのバンドのギタリストだってぇ! ダ、ダイジョーブかなーっ!?」
怖いな、怒ったらどうしようかな、ソワソワソワソワ・・・
そこへデイヴ・マーレイ登場「コンニチハ、予約したデイヴです」
なーんだ、普通の人じゃないか、ホッと胸を撫で下ろす一同

彼の事はデヴュー当時から不思議な感じの人だなって思っていた、自然だなって
この喋りからもわかるように、ヘヴィ・メタルとかギタリストとかロング・ヘアーとか
そこから湧くイメージとはかけ離れた性格の持ち主が、この人ではないだろうか
ストラトキャスター愛好家らしいから、リッチー・ブラックモアが好きなんだろうなくらいは想像つくけど
それ以外は何も思い当たらない、まるで空気みたいな人
演奏は普通だし、ステージでは内股で突っ立ったまま
アームをギュインギュインやるわけじゃないし、頭をガンガン振るわけじゃない
右手の人差し指を指板に置いてピロピロやるわけじゃない
印象的なソロがあるわけじゃないし、印象的なリフも思い浮かばない
だからちょっと首を振って、髪を顔に靡かせたり
リッチーのように口先を尖らせて陶酔したような顔を見せた時だけは、むしろ頂けない
ステージ上では自分の半径五メートル以内から外へは出ない、もし出る場合は
ブルース・ディッキンソンに担がれた時だけ

バンドには最初からのメンバーで、
ベースのスティーヴ・ハリスと二人だけが一度も抜けることがなかったオリジナル
この人があのアイアン・メイデンのギタリストか、と最初に写真を見た時から感じていた不思議な感覚
メタルとはこうあるべきだ、あああるべきだとの思い込みが何かを歪めてしまっていると
この人を見るたびに感じてしまう
生きていたら自然にこうなっていた、それがあるべき姿なのに、その思い込みが人生も歪めてしまうのか
正しから不と書く「歪」
もしかしたら、デイヴ・マーレイのギター音は、歪(ひず)んでないのかもしれない

 


任の念


私は蚊が大嫌い、刺されると痛い、痒いのではない、痛いのだ、それが持続するのが許せない
いいか、痒いんじゃないぞ、痛いのだ
人間の体力が蚊より上回っているから痒いと感じるだけなのだ
痒いというのは、いい加減な感じ方をしているからそう表現しているに過ぎない
実際は痛いのだ
ところで感性は、実は観念に因っているところがあって
例えば一秒という長さは、概念が観念になって人に入り込んでいるように
一秒という長さは人によってバラバラだし、
正確さ、例え正確に測れたとしてもその根拠は何処だということになるし
一秒という長さはそれが完全だとどうして言えるか、実はその長さは誰かが作った任意なのではないか

漢字検定試験が国家資格と思ってしまうように、実態が明らかになって始めて、
ああ、そうだったのかとわかるように、任意が観念になってしまう
では何故そうなったか

生まれながら敗北を決めているのだ

その事を何処かでわかっていて、しかも時間こそは観念だと知っていて生きている
時間の奴隷ではなく
観念の奴隷になる事で、正当性のある抵抗を自ら放棄してしまっているのだ
私たちは最初から負けを選んでいるのだ
その任意団体制作の観念によって

 


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